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本物の再現!加藤鞆美

平安時代の技法を再現! 本物の作りの追求ですので、限定なのです。

愛媛県今治市の大三島町宮浦にある大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)には、
今もなお、40体以上の平安時代、鎌倉時代の当時の本物の鎧が奉納、祀(まつ)られております。

その日本の歴史に残る本物の鎧、兜。この本物の兜、鎧の作りを五月人形として提供できないのか?
争いごとへのためでは無く、お子さんの誕生を祝う端午の節句の五月人形として提供できないのか?
そう考えた方がおりました。

それが、江戸甲冑師1号の加藤鞆美(ともみ)先生なのです。

この本物の鎧、兜とは、どのような作りであるのか?
どのような素材、材質を使っているのか?
果たしてその技法は、なんなのか?

また、当時の武将のデザイン的なお洒落はなんなのであろうか?

こんな悩みを掲げて、加藤鞆美(ともみ)先生は、何度もこの大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)へと足を運び、研究に明け暮れたのです。

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ですが、国宝級の本物の鎧、兜が並ぶ神聖な資料館。もちろん、写真撮影は禁止されておりました。
そこで加藤鞆美(ともみ)先生は、紙と鉛筆を片手に、金具の形状、皮の上に施されている、書かれている絵柄のデザインを描写して
お節句用の五月人形(鎧、兜)として、限りなく本物思考の鎧、兜作りの製作の追求をしていったのです。

「作るのなら、本物であり続けたい!」
「提供するのなら、本物技法の兜、鎧が良い!」
「こんな技法の鎧、兜であったら、日本中の子供の笑顔が見れるのでは・・・?」

この想いが益々加速して、加藤鞆美(ともみ)先生の兜作りへの情熱となっていったのです。
この当時の鎧、兜の作りを研究、熟知し尽くした加藤鞆美(ともみ)先生は言うのです。

この当時の日本の甲冑(かっちゅう)は、「世界的に見ても洗練された、卓越された技法が取り込まれている。」と・・・

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もっと、具体的にお話を聞きますと、

和紙を何度も何度も重ねて貼り合わせ、身を守る、身を覆い尽くす小札(こざね)のベースを形成する。

そこに、しなやかさと、強度を増すために、漆(うるし)を何度も塗っては乾かし、塗っては乾かし、
最後は、カシュウ塗りで仕上げております。
これを、動きが取れるようにと、組紐(くみひも)で繋ぎ合わせます。
吹き返しと言って、兜の両サイドの出た部分(ちょうど、ヒトの耳の上あたり)には、決まって良質な鹿の皮を使います。

なぜか?
矢を射る時に、弓の弦(げん)=糸状の皮紐(かわひも)の部分が、スムーズに引っ掛かりの無いようにするためです。
この鹿の皮の良い部分だけを選別、取り出し、足で踏み込み固め、最後に手作業で凹凸のない位まで仕上げていきます。
戦ばかりの武将と思われがちですが、平穏な日時もあったのです。

ちょっと粋なお洒落として、この鹿の皮の部分に絵というデザインを描いてあったのです。
そのデザインの絵を付けるのにも、当時の手間暇(てまひま)の工程があるのです。
筆で、ひと筆ひと筆の紅や藍の色で絵を描きお洒落なデザインで、それぞれの武将の鎧、兜に描かれてあったのです。
この本物の鎧、兜が眠っている大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)には、何十種類のデザインがそこに合ったのです。

これを加藤鞆美(ともみ)先生は、鉛筆と紙に模写して複製してきたのです。
この大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)に何度も足を運んだ理由(わけ)なのです。

この革の絵柄のデザインは、当時有ったままのデザインの復元なのです。
この技法を使い、現代のお祝いの五月人形の鎧、兜として、皆さんにご提供したい。

本物であり続けたい。そう言うのです。

この欲求のみで、御歳70歳を超える今でも、工房に立ち続けて毎日を過ごしているのです。
とっても稀少な加藤鞆美(ともみ)先生の兜。
五月人形が一番売れている3月中旬には、製造のピークと重なり、毎年完売状態が続いているのも分かります。

最後に、加藤鞆美(ともみ)先生は私に言いました。
「私が、作った過去の鎧、兜でしたら、いつでも持ってきて頂ければ、実費で修理いたしますよ!」
こんな事を言ってくれる加藤鞆美(ともみ)先生・・・
作りっぱなしの作家さんが多い中、この最後の一言が印象的でした。

ですので、静岡県藤枝市 お人形のひなせいがお勧めする鎧、兜というのは、
加藤鞆美(ともみ)先生が、手がけた平安時代の本物の鎧、兜を現代に忠実に再現しつつ、
お子さんへ初節句のお祝いを目的にして作り込んだ本物の限定生産の五月人形(鎧、兜)なのです。

こんな甲冑(かっちゅう)こそ、家族の宝となるのでしょう・・・




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そんな中、五月人形は鎧飾り、兜飾り、お顔の付いた子供大将と言うものが存在しております。
どれをとっても、それぞれの個性があり人気があります。

この中で、静岡県藤枝市 五月人形のひなせいがお勧めするのは、
五月人形の甲冑なのです

確かに、鎧は胴体部分までありますので、金額も高額となりやすい。また、今の時代では「大きい!」と言う声が近年寄せられます。

確かに、五月人形の兜飾りですと、簡単に飾れてコンパクト・・・人気の秘訣が解らないではありません。

加藤鞆美(ともみ)先生の甲冑

更に、この五月人形の中で、最もお勧めなのが、

江戸甲冑師1号の加藤鞆美(ともみ)先生の甲冑なのです

この加藤鞆美(ともみ)先生の作り、こだわりは凄いものがあります。

加藤鞆美(ともみ)先生の五月人形 加藤鞆美(ともみ)先生の五月人形の工房

限りなく本物で!

専門的なお話しになりますが、
愛媛県今治市の大三島町宮浦にある大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)には、
40体以上の室町時代、鎌倉時代の当時の本物の鎧が奉納、祀(まつ)られているおります。

ここへ、加藤鞆美(ともみ)先生は何度も足を運び、甲冑の研究、模写をしてきたのです。

当時の甲冑の作りは、どうなっていたのか?
どんな素材、材質で、どのような技法を取り入れ、作られているのか?

写真撮影は、禁止されている資料館・・・

そこへ何度も何度も足を運び、紙と鉛筆を片手に、金具の形状、皮の上に施されている、書かれている絵柄のデザインを描写して
お節句用の五月人形として、限りなく本物思考で提供したい。

「作るのなら、本物であり続けたい!」。
この欲求のみで、御歳70歳を超える今でも、工房に立ち続けているのです。

確かに、加藤鞆美(ともみ)先生の鎧ですと、高額で30万円以上してしまいます。
しかしながら、加藤鞆美(ともみ)先生の兜飾りでしたら、そこまで高額ではありません。

ある意味、その技法をお聞きしますと、反対にそんなに素材と手間をかけておりましたら、
数は限りなく出来ませんし、お安いのでは・・・?

そう感じる位なのです。

その技法とは・・・?

簡単に、その技法を説明しますと、
まず、日本の伝統的な和紙を何枚も貼り合わせて厚くしていきます。

その上に、うるしを何回も塗り、最後はカシュウ塗りを施し強度を強めさせます。

そこに、鹿の良い部分の皮を選びだし、足で踏み込み平らにして、最終は手作業で全く凹凸の無い状態まで仕上げます。

そして、その上から筆でひと筆ひと筆の紅付けで当時の有ったままのデザインを描いているのです。

その素材、技法を使いつつ、お祝い事のお節句用としての五月人形を提供しているのです。

*だから、限定なのも・・・

こだわりの五月人形

とっても稀少な理由も解りますし、毎年の最後のピーク時は作りきれない状況が続くのです。